So Let's Get Cheers

一語100%に寄せて書いたものです。恥ずかし乙女ー!






時計の針が一日の終わりをとっくに告げ、深夜のバラエティがテレビから笑い声を発する中で僕は今日の出来事を必死に反芻していた。もちろんテレビの内容は耳に入ってこない。いや、入らないと言う方が正しいか。幸い、思案に暮れる時間はたっぷりある。明日は久しぶりの休みなんだし。


「・・・ちょっと呑みなおすか」


目の前に置かれた可愛らしい包みを見て呟きながら、台所に向かう。スコッチとアマレットを混ぜたグラスをテーブルに置き、煙草に火を点ける。煙を遠くへ吐き出しつつ、いつものようにグラスに手を伸ばす。






「はーいカンパーイ」
「うぃーす」


まだ人もまばらな居酒屋で、今日の疲れを労うように声を合わせる。20歳を4年も過ぎ、今ではすっかり慣れてしまった光景。けれどとても心地の良い空間。その始まりを祝うようにビールを喉に流し込んでいく。
2人とも翌日が休日の場合は、こうして呑みに行くことが多い。どっちが誘うでもなく、自然に。今回は偶然金曜が休日になったことで、人もそれほど多くない木曜日の夜にこうして呑みにきたという訳だ。


「はー、一仕事終わって飲む酒は格別ですねえ」
「アンタいっつも呑んでるじゃないの。ていうか一緒に呑むとき絶対そのセリフ聞くんだけど?」
「何で知ってんだ」
「いやわかるよ!電話したら平日休み問わず呑んでるもん!体が心配になるくらいだよ?」
「そんなに言われると照れるわ」
「や、褒めてないよ?。無駄にポジティブに考えないの!」


お決まりのような会話を2人で交わす。昔から変わってないな、と思う。20年来(といっても4、5歳の時のことなんておぼろげだけども)の付き合いなのに、このスタンスが変わったことは今までに無い。僕がふざけて、相手―カナがつっこむ。今まで何度繰り返したか。全然苦じゃない、むしろ楽しいけども。


「仕事どうよ?」
「うー、何か辛いことが増えたよ。疲れることも多いし。この前」
「意地悪な先輩に不条理に怒られてもうアタシどうしていいかわかんない!助けて!」
「ん、そこまで言ってないけどね」
「ですか」
「です。まあそんな愚痴ってしまう事も多くなり、ストレスも積もってきてるわけですよ、私は。そっちは?」
「まーこっちは職場の人はいい人ばっかだし、そんなに辛くないし。給料は安いけど」
「はーそれのほうが絶対いいよ。はああ。」
「よし、この胸で泣かしてやろう。さあおいで」
「・・・うーん、すこぶる似合わないセリフだね」
「泣くぞ」


お店の食べ物を肴にしているのか、会話を肴にしているのか、二人ともお酒は進んでいく。そういえば初めて呑みに行ったとき、お互いの飲む量にビックリしたことがあった。そのおかげで今もよく呑みに行く貴重な友達になっているのだけど。こんだけお酒が好きで気の合う友達はそうそういないだろう。


「それにしても」
「しても」
「2月ももう中旬です」
「です。何だ、クリスマスは終わったし、正月も遠い昔だ。あ、来年か」
「わざと無視してるでしょ」
「うん。だって関係無いイベントだし」
「そんなことないでしょ?去年だって私がチョコあげたじゃない」
「・・・あの駄菓子屋で買ったような10円チョコの事か?しかも5個くらい手からワサワサーって落とされた覚えが」
「何?嬉しくなかった?」


拳に息を吹きかけながらカナが言う。1オクターブ低い声。


「トッテモウレシカッタデス。・・・まあ去年もらったのってそれくらいだし。あと職場のおばちゃん」
「うわー寂しい事言うねぇ。そろそろ誰か良い人いるんじゃないの?」
「いじめだろそれ。カナもよく知ってるだろ、モテないことは。いたら紹介する勢いですよ」
「そっかなー?中学の時とか結構モテてたよ?言わなかったけど」
「言えよ!うわー初耳だわそれ。中学生の時の自分殴りたいていうか教えてくれなかったお前が憎い」
「まあまあ。あれくらいの年の時ってちょっとした事で好きになったりするしね。今は・・・うん、呑もう!」
「泣くぞ」


覆水盆に返らず。昔の人は上手いことを言ったものだ。その時の幸運を今分けて欲しいよ神様。僕は何か前世で悪いことをしたんじゃなかろうかと思ってしまうくらい出会いも無い、モテない生活を送っているのは昔のツケですか?僕の知らない所で事を進めるのはやめてください。
そんなこんなでいつも通り、仕事の話や恋愛の話、最近あった面白いことなどを話しつつ呑んでいたところ1時間ほど経ったろうか、カナがこれもまたお決まりの言葉を口にした。


「あ、この後どうする?まだ時間早いけど」
「ん、じゃもう一軒行こうか。いつもの店」
「そう言うと思った。私も一緒だけど」


僕もお決まりの言葉を返し、勘定をして次の店へと歩く。歩いて10分も掛からない。それでも冷たい風は容赦なく襲ってくる。天気予報でも、2月、3月と寒い日が続くって言ってたっけ。


「うお寒い。酔いも一気に冷めるわ」
「や、まだ酔ってないでしょ」
「そんらことらいれすよ?」
「嘘ヘタすぎるでしょ。ていうか本当に寒いね。まだ2月だもんねー。あ、そうだ、腕でも組んで歩く?」
「何言ってんだか。こんな男と腕組む暇があったらあれよ、さっきの話を返すけど、そっちこそそろそろ良い人いるんじゃないん?」
「・・・私は、ほら、友達とか、ア、アンタとたまにこうして呑みに行くだけで今は楽しいからねー」
「・・・うん、悪かった。」
「・・・何!?その憐れみに満ちた目は!?」


左から鋭い肘鉄がみぞおちに入る。


「ぐへ!ちょっ・・・そんな怒るとこか!?つーかさっきこっちも結構きつい事言われたけど!今はゴニョゴニョ的な!」
「うるさい!女の子に対してデリカシーの無い質問するんじゃないの!」


女の子という部分に対してツッコミたい衝動に駆られたけども、二発目の肘を喰らいたくなかったのではいはいとうなずいてまた歩く。


「そっか、いないのか・・・」
「?何?」
「いや、何でもない」


なぜか安心している自分に気付く。そしてすぐに「自分と一緒か」という仲間意識のせいだな、と思った。思い込んだ。
程なくして店に着いた。2人ともシャンディガフを頼む。というかすっかり馴染みになってしまったこのバーでは、頼む前に「シャンディガフ2つですね」と言われてしまうけど。


「それでは改めて、明日のバレンタインに乾杯」
「・・・お酒がしょっぱくなってきた」
「あはは。まあまあ、その内良いことあるよ!」
「信用ならねぇー」


言いつつぐい、と勢いよく飲み干す。この程好い甘さが好きだ。次のお酒を頼み、煙草に火を点けながら会話を続ける。


「つーかさ、カナのほうが不思議だろ」
「え?何が?」
「だってお前モテるでしょ。さっきの話じゃないけど、中学とか高校の時とか。周りの男に結構好きな奴いたし。今でも会社とかで何か言われたりするんじゃないの?」


お酒もほどよく入り、明日はバレンタイン。もう恋愛の話をしろっていうシチュエーションだ。それに思い返すと、今までカナとそこまで突っ込んだ恋愛話はしたことがないように思う。幼馴染という間柄で、何か気恥ずかしさを覚えていたような感じだ。
それに、カナは周りの男に結構人気があった。可愛くて、それでいて気取らない。クラス、いや学年でも目立っていた存在だろう。そんな子を幼馴染に持ってしまった僕は幸運なのか不幸なのか。複雑な心境に陥ることもあったりした。


「あー・・・いやそんなことないよ。」
「またまた。おっちゃんに話してみ?相談に乗ったるでー」
「もー本当に無いってば!人の心配するより自分の心配でしょ!」
「うわ、痛いトコついてくるな本当」
「ごめんごめん。その傷を癒すためにちゃんとチョコあげるから」
「あー、えっと50円くらいでいい?」
「やらしいよ!・・・もういい、今年は無し」
「えー!ちょっと待ってよ謝ります!1個くらいもらいたいです!」
「だめー。ほらほら、このお酒が癒してくれるよ」
「ああ・・・いつだってお酒は優しいなあ・・・。コイツがいればもう他には何も・・・って本気で辛くなってきた」
「うん、私も見ててちょっと引いた」
「やらすなよ!」


お酒は進む、会話は踊る。2人で10杯以上呑み続け、2件目を出る頃には、2人ともほろ酔いを少し越えたあたりの気分だった。さっきは寒く感じた風も、今の少し火照った体には丁度いい。
終電車の1つ前に乗るために歩く道、何気ない話を交わす。これもいつも通り、のはずだった。


「はー今日も楽しかったねー」
「そう思って頂けて光栄でございます」
「うむ、よきにはからえ」
「ありがとうごぜーますー」
「ではご褒美をあげようかな」
「何?コンパでもしてくれるの?」
「・・・はぁ。そういう事度々軽く言われる私の気持ちも考えてよね・・・」
「へ?どゆこと?」
「・・・別に」


何か重い。あれ、変な事言ったっけ。別にいつも言ってることだけど。しかもこの空気はかなり苦手だ。おろおろしたけど表に出さないようにまた歩く。カナは喋らない。
そのまま改札に着いてしまった。まだ空気は重い。というか重さが増してる。


「あ、あのさ?」
「・・・何?」
「僕何か怒らせるようなこと言いました?」
「・・・分からないんなら別にいいよ」
「や、でも」
「はあ・・・。何か力抜けちゃうよ・・・」
「・・・・・・」


また沈黙。このまま別れてしまったら、次に会いにくくなるしとかまだ間抜けなことを考えているうちに、電車は目的の駅に着いてしまった。気温が2度ほど下がったんじゃないかという気持ちになる。肉体面でも精神面でも。
気落ちしつつ改札を抜けようとした時、


「待って」


と止められた。人の流れに逆らって、少し離れたベンチの方へ2人で立つ。カナはゴソゴソとシンプルな装飾のバッグを手探っている。


「・・・はい」
「・・・え?これ、って・・・」
「・・・もうすぐ、バレンタインだし」
「くれるの?っていうか大きさとか包みが今までとえらく違」
「いいの!余計な事考えずに帰ってすぐに開けて食べる!わかった!?」
「お、おう。・・・ありがと」
「・・・ん、じゃ、行こっか」


改札を抜け、家に向かう。職場が近いせいか、住んでいるアパートも近くなのでカナを送ってから自分の家に帰る。お決まりのコース。ただ、今日は雰囲気が違うことを除けば。


「・・・じゃあ、またね」
「あ、あー。じゃおやすみ」
「・・・おやすみ」


そう言ってカナはドアの向こうに消えた。僕はと言えばぐるぐると回る頭で家への道を辿り、今こうしてテーブルの上の包みとにらめっこをしているわけだ。


「とりあえず開けてみるか・・・」
グラスはすぐに空になり、氷が寂しそうに光っている。灰皿には昨日からの分も足して、結構な量の吸殻が溜まっている。けれど、今はそんなことを気にしている余裕はない。その灰皿にねじ込むかのように煙草を押し付けた後、包みを開けてみると、大きなハート型のチョコレートと、メッセージカード、というか手紙のようなものが入っていた。
一瞬、全身の毛穴が開くような感覚。いや、でも。今まで何も無かったんだよ?そりゃ可愛い子だけど。向こうもきっと、僕と同じような気持ちのはず。思いながら紙を開く。


赤面した。酔っているからじゃなく。手紙の内容で。カナの僕に対する思いが嬉しくて、落ち着くためにまた煙草に火を点けた。落ち着けないそりゃそうだ、こんなこと今まで生きてきた中でほとんど無いんだから。それに、手紙の最後にあった文。


「もし受け入れてくれるなら、あさっての土曜日、今日も最後に行ったいつものお店で待ってるから」


・・・多分、僕は昔から気付いていたんだろう。カナに対して特別な思いを抱いていること。それが一気に溢れてきた。でも、僕の悪い癖が出る。「言ってしまえばもう今までの関係は無い」そう思って臆病になり、知らず知らずの内に自分の気持ちを押さえ込んできた。端から見れば腰抜けで、どうしようもない男だろう。
けれど、今回ばかりはふざけても、自分に嘘をついてもいられない。本当に伝えるべき言葉があるはずだ。



この店のドアは重い。厚いガラスを太い木の板で挟んだドア。それをぐっと押し開け、いつものカウンターの席に視線をやる。いつもの顔。店員のシャンディガフの確認に頷きつつ座る。


「・・・うす」
「来てくれたんだ・・・」
「来ました。まあ呑みに来たんだけど」
「・・・帰っていい?」
「や、ゴメン!ちょっと緊張してるからほぐそうと」
「時と場合を考えてよね」
「すまんです・・・。んん、えーと、この前のなんだけど・・・」
「・・・」
「あのチョコ、美味しかった」
「・・・ありがとう」
「で、本題だけど・・・。こんな男でよければ、こちらから是非お願いします」
「・・・本当に?」
「嘘ついてどうすんの」
「でも、恐かったから」
「・・・ん、そりゃこっちも・・・ってちょっと間違えた。うん、やり直し」
「え?」
「俺は、あなたの事が好きです。だからこれからも一緒に居てください。一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に怒って、・・・そんで一緒に呑みに行ってください」
「・・・良いに決まってるよ・・・。ありがとう・・・」


途端、店中から拍手と喝采。皆がグラスを手に持ち、号令を今かと待つ。カナと2人で照れくさそうに、けれど元気よく声を揃えて発した。


「「乾杯!!」」






2人で仲良く二日酔い。